国本武市元副支部長が前石川県支部後援会会員並びに石川県支部OB約200名弱にハガキによる文書で
1.浜井元支部長は極真会館を退会しました。
2.長年にわたる武道指導者としてはあるまじき言動で、松井館長の信用を失い極真会館にいられなく なりました。
3.多くの分支部長も各自の意思に関係なく一緒に退会させられました。
等々、私に対する虚偽の誹謗中傷文を後援会や極真会館石川県支部OBに200通近くばら撒いた件について、弁護士を立てて告訴していましたが、国本氏より「謝罪文を書きます、弁護士費用も含めた裁判費用40万円も負担するので和解して欲しい。」という申出が馳浩代議士を通してありました。
仮に私がどのような師であろうと国本氏の元の師である私に対してこのように「虚偽の誹謗中傷文を作り、それを後援会や極真OBにばら撒く」などと言う行動を取れるのは武道家として極真の修行者としてと言う以前に「人として、それこそあるまじき国本氏の言動」ですが、それが私の元の弟子ということでは私も指導者として反省せざるを得ません。「一体あなたは弟子である国本氏にどんな指導をしてきたのか?ちゃんと武道教育をしてきたのか?」と責任を問われる問題であるのです。
これについてはやはり「私の指導者としての不徳の致すところであった。」と言わざるを得ません。
もちろん虚偽の誹謗中傷に対しては徹底して力と法律で戦うべきですが、謝罪するというのであればそこで許すべきと考えます。それゆえ今回和解に応じたわけです。
極真の指導者として「力と感謝の精神」を建前ではなく本音で30年以上指導・実践してきたつもりでしたが国本氏並びに国本氏に煽動された一部の弟子には私の本音が伝わらなかったようです。
私もまさか国本氏がこのような武道どころか人の道に外れる行為を、いくら行き違いでプライドを傷つけられたとはいえ出来るとは考えもしませんでした。
願わくば今回の和解を機に国本氏が本来の日本の武道精神を獲得してくれることを祈ってやみません。国本氏も松井派ではありますが仮にも現在極真武道空手の指導者なのですから。
日本の武道を指導するなら勝つことも大切ですが勝ち方や戦い方も手段を選ぶべきなのです。ウソや虚偽の手段、卑怯卑劣な振る舞いは人としてはもちろん武道家として決して許されないのです。
武道精神は「武」の文字が意味するとおり「矛を止める」ということから進化し、自らを殺そうとした敵の生存を認め、共存を許し、互いに敬意さえ表するという世界で唯一、日本独特の共存共栄の精神文化です。世界のどこにそのような「力と感謝の武道文化」があるでしょうか?
私は歴史が好きで古代神話や旧約・新約聖書なども読みますが、今までのところ歴史上そのような「敵との共存共栄を超えて、互いに尊敬の念さえ持ちえる思想や行動」は日本武道にしか存在しないと思います。強いて言えば英国の騎士道精神に多少通じるものや似た考え方がありますが日本武道ほどその自己犠牲と高貴な精神は見出せません。
海外の文化は地理的にも歴史的にも「敵は殺せ、正義は我だけにあり。」であり敵や異民族に生存価値など認めない文化なのです。それは西洋・東洋ともにです。
したがって日本武道だけが力を備えた上で民族・国家・人種を超えての世界平和の思想と言えるのです。
民族・国家・人種を超えた人類の共存共栄の文化遺産であり思想が日本の武道文化なのです。
日本の武道は楽しみながら勝ち負けを競うスポーツとは全く思想や文化の深さや質が異なるのです。(もちろんスポーツはスポーツでそれなりの価値はありますし、世界には無意識にスポーツをスポーツ道として武道化して実践している人々もいます。)
日本人は剣道・柔道・空手道などの武道ばかりでなくお茶や生け花なども茶道・華道として技術を人の生き方と結びつける独特の特質を持っているのです。
故大山倍達総裁は世界で唯一独特の日本の武道文化をよく理解し実践していた偉大な指導者だったと思います。
極真会館を親族に継がせなかったことが故大山倍達総裁が武道家であった証の一つなのです。
ただし武道は強制や押し付けの文化ではありません。それは各自が自ら気づき選択して初めて得られる精神文化なのです。だからこそ私も武道の理念を弟子に伝えるだけに止め、強制せず弟子の自主性に任せているのです。だからこそ国本氏のような武道の理念をを信じない弟子も出るのかもしれませんが。
私も今回の件(松井派離脱にあたって自分の弟子から離反者が出るという不名誉な事件)を謙虚に受け止め今後の人生に生かして生きたいと考えています。
尚、松井派離脱に関してはこの浜井派ホームページに掲載した声明文のとおりです。これは今も全く変わっていません。 以上
以上です。