(理由ならびに意志表明)
1、遺言の不実行による極真会館の私物化
遺言書は形式上の不備(欠格事由)により裁判では法的に否認されたが、この遺言書は紛れもなく故大山倍達総裁の遺志に基づくものである。そこには次の9つの要望や条件が記されている。
@ 財団法人の設立
A 梅田嘉明氏の財団法人極真奨学会理事長、(株)グレートマウンテン社長就任
( (株)グレートマウンテンは新会館設立の為の会社 )
B 松井章圭氏の大山倍達後継指名
C 新会館の建設協力依頼
D 梅田嘉明氏の後見人ならびに黒澤明氏後見人補佐指名
E 新会館の建設のための土地・建物の寄贈・出資
F 遺族の処遇
G 月刊誌パワー空手と遺族の処遇
H 大山倍達個人の負債引き受けの件
*他に別紙遺言書(別家族の処遇に関する書)があるが省略する。
これはつまり松井章圭氏の二代目後継が
『無条件後継ではなく条件付後継』
であることを示している。無条件であるならば「松井章圭にすべてを任せる」の一言だけでよいはずである。しかしそうなってはいない。
故大山倍達総裁は「極真の私物化」を防ぐ為様々な条件を付けたのである。
イ)遺言状の第一条にあり最優先事項である財団法人設立による組織と経理の公共化・公開明瞭化による未来永劫の活動
ロ)新会館の建設
ハ)その為の後見人梅田嘉明氏指名(極真空手道関連事業の監督委任)
にはっきりそれが表れている。
しかし4年前私・浜井支部長と共に1年以上にわたってそれを主張し続けた後見人の梅田嘉明氏ならびに元最高顧問の盧山初雄氏の辞任・除名は松井章圭館長の極真会館私物化を明らかに示していると言わざるを得ない。
*梅田嘉明氏は「松井館長がいつとは言わずとも必ず財団法人を作ると一言言ってくれたら後見人の私は命がけで松井館長を守る。現に松井二代目の遺言を発表したのは私であり、私にはその責任がある。」と公言していた人物である。私が見ても欲得抜きの責任感の強い立派な人物である。その人物が、1年間にわたる幹部会議の後も決して財団法人化を約束しない松井館長に対し「遺言の第1番目にある財団法人化を約束しない松井館長には私心・私利私欲があるとみなさざるを得ない。このような幹部会議には出ても意味が無い。辞任する。」と去ってしまったのである。
*盧山初雄氏は11年前の松井館長解任事件(40人弱の支部長のうち30数人が解任賛成、味方は4人のみ)で松井館長が最も追い詰められた時「良かったなあ、松井館長。これで不満分子は全員自分から辞めていった。これで館長の思ったとおりの組織作りができるじゃないか!」と先頭に立って松井館長を励ました恩人である。しかもその後も奪われた旧総本部を私・浜井支部長と共に実力行使して奪還し、全国支部長会議においても8年もの間最高顧問として松井館長を擁護してきた人物であり、松井館長の青年期に彼を内弟子四天王として育てた恩師に当たる人物でもある。その人物を経理の公開・財団法人化という公的に正当な要求をされたにもかかわらず、それを離反・クーデターという私的な問題にすり替えて最高顧問辞任を要求し、盧山氏が当然これを拒否すると除名に追い込んだわけである。当時最高顧問の立場の盧山氏にクーデターの意図など元々無かったのである。経理の公開・財団法人化を避けるための問題のすり替えに他ならない。
その後3年間にわたり私・浜井支部長は極真の幹部あるいは本部長として何度も財団法人化と経理の公開を常に進言し続けたが「経理は幹部会で公開したはず」「公開したか、しないかは認識の違い」ということで拒否されていた。(経理の公開ならば誰でもが知っているはずであるが誰も知らないのに公開したと強弁するのは認識の違いではなく認識の間違いである。)
結果として私・浜井支部長は完全に松井館長に疎まれたようである。
*その結果、石川県支部で組織的不祥事・金銭的不明瞭を引き起こし破門され
た元副支部長国本武市を立てて石川県支部内に直轄道場開設を進めようとして松井館長は石川県支部の人事に介入してきたのである。
私・浜井支部長は北日本本部長としても4年前から除名・破門覚悟で組織の公共化・財団法人化・経理の公開の為に松井館長に進言してきたが、無駄であり、故大山倍達総裁の12周忌をもって退会することを決意した次第である。
松井館長の下では極真会館の財団法人化・公共化は望むべくもないことが明確となった今、私の極真会館松井派での役割は終わったものと判断せざるを得ない。(破門された国本の石川県支部分裂工作活動<完全に失敗したが>も、私の松井館長への進言の行動を松井館長と通じて阻止しようとしたことに端を発していることが明白となっている。これで私の館長不信は決定的となった。)
2.感謝の心を欠くゆえの極真の人材に対する心無き扱い
極真の財産とは何であろうか?道場の土地・建物やお金であろうか?もちろん道場も金も必要であるが、極真の財産とは
極真空手の精神=礼節とサムライの精神=力と感謝の心
=公の為の自己犠牲の精神
(頭は低く目は高く口慎んで心広く孝を原点として他を益す)
極真空手の技術=空手の攻撃・防御の技
極真空手の強さ=大会の成績・実績、格闘技・護身術としての強さ
極真空手の指導技術
極真空手の組織形成力・道場運営能力・経営能力
要するに人であり、極真の人材である。
何をおいても世界チャンピオン・日本チャンピオン・名指導者・支部長・分支部長・指導員・道場生ではないだろうか?武道を学ぶ以上、我々は皆サムライなのだ。否、サムライでなければならない。
その意味で黒澤君(全日本チャンピオン)、八巻君(世界チャンピオン)、広重毅氏(3人の世界チャンピオン緑・八巻・塚本を生み出した名伯楽)、盧山初雄氏(世界大会準優勝、日本チャンピオン、試し割りの達人)、梅田嘉明氏・水口敏夫氏(全日本準優勝)など去られてはならない人材ばかりである。もちろんそれぞれに去っていった理由があろうがこのような人材は一朝一夕に育つものではない。三顧の礼を尽くしてでも組織に残ってもらわねばならない人材であり、極真の最も大切な財産ではないだろうか?彼らあってこそ今の極真があるのではないだろうか?
* 漢字で書く「侍」は殿様に忠誠を尽くす武士の生き方の様式で日本の文化だが、「サムライ(SAMURAI)は世界の平和と人類の共存のために欠かせない"力と感謝を2大根本理念とする、公の為に自己犠牲できる人類の生き方のモデル"であり、日本が生んだ人類の世界的精神遺産である。
* 極真空手が柔道・柔術・剣道同様にスポーツではなく武道精神を標榜する理由はこのような偉大な世界的精神遺産であるからなのだが・・・・。
* 敵にさえ感謝する「力と感謝」「武道精神」並びに「サムライ精神」は武道界にとって重要なのではなく人類の平和共存にとって重要な精神文化なのである。
「去るものは追わず」「意に沿わぬものは辞任に追い込む」という姿勢では人に支えられ尊敬される武道のトップが勤まらないのではないだろうか?松井館長は極真で育った者たちの本当の価値・世界的価値を認めているのだろうか?そしてその意味を本当に伝えているのだろうか?強い弱いだけではないのが極真であり武道なのだが・・・・。
また全国の支部長や分支部長たち一人ひとりを見れば、私も含めて、空手の技術や経営では松井館長が期待するのに程遠いレベルの人材かもしれないが、彼らが地方や指導の現場で汗を流してくれているからこそ全国から年会費が本部に集まり本部の運営や世界大会や国際大会が開催できるのではないだろうか?もちろんわれわれ部下はトップである松井館長に感謝しなければならないが、松井館長は部下に感謝の気持ちを持ってくれているのだろうか? なぜなら大きな組織であればあるほどそのトップや幹部はより多くの部下に支えられているである。したがって大きな組織のトップ並びに地位の高い幹部ほど部下に大きく感謝する心を持たなければならないはずである。
*不思議な事に松井館長には"部下への感謝"よりも"大きな組織のトップとして持ってはならない被害者意識"を感じる。「俺がこんなに頑張っているのに回りは能力も責任感も自分への協力も足りない。」という筋違いの思い上がりから生じる被害者意識を感じるのであるが私の勘違いだろうか?
12年間年上であるが部下として松井館長を支持してきたが、残念ながら松井館長に極真の人材を大切にする心も行動も私は見出せなかった。(ただし松井館長本人はそうとは気づいてはいないようである。人心が読めず冷たく人を傷つけながら理性的に人と対処していると勘違いしているように思われる。)
経営者としての能力は充分あると思われるのに、誠に誠に残念でならない。
「遺言の不実行による極真会館の私物化」「感謝の心を欠くゆえの極真の人材への心無き扱い」という2つの理由により結果として松井館長の12年間の館長職の遂行の過程に公の姿勢を見出すことが不可能であり、人も大切にされない、そのような「私物化された組織」「尊敬できない人物」に味方するわけにはいかないと判断した為、故大山倍達総裁12周忌をもって松井派退会を石川県支部分支部長会議で動議し分支部長18名・評議員3名の賛同を得て決議した。(過去の12年間に関しては故大山倍達総裁の遺言に従った点において全く悔いはない。私は財団法人化・経理公開・新会館建設開始を12年間待ったからである。)
現在、世界大会・全日本大会・国際大会・青少年大会等の規模や質、審判のレベルも松井派が最もまとまっていると思われる。月刊誌ワールド空手も他の組織にはないメリットもあろう。これは確かに松井館長の経営能力・努力の賜物である。(ただしその経済的源泉は全国の支部長・分支部長つまり現場の指導者の努力の結果の会員登録での入金であるはずである。これは誰がなんと言おうと国家で言えば「税金」に当たる浄財である。それゆえこの金だけは経理を公開すべきであり株式会社極真会館・有限会社極真会館代表取締役松井章圭という個人に帰属させるべきではないと私は考えるが間違っているだろうか?)
私は、根本に"公の心が無く"、"故大山倍達総裁の創始した極真会館という公の財産を私物化"したうえ、"極真の人材に感謝し大切にする"という「極真を名乗る武道家としても、人としても最も大切な感謝の心がない」トップについていくことはできない。そのような自分が尊敬できない人物をトップと仰ぐことはできないし、してはならないと考えているのである。私としてはこのような松井館長批判を心の底に持ちながら表面だけ服従するような面従背反は人間としてもサムライとしてもするべきことではないと考える。まして石川県支部の分支部長・評議員・道場生にも私が尊敬できない人物を館長として仰げとは言えない。それが私・浜井支部長の本心である。それゆえ故大山倍達総裁12周忌の今日、石川県支部分支部長会議において分支部長・評議員に採決を図り今回の決議となったのである。もともと松井館長に良かれと思い松井体制を磐石にする為に公的な進言をしてきたのだが私的な不平不満としか取られなかったのは私の不徳の致すところかもしれないが誠に残念な結果となった。
組織を離れての不利・不便は当然予想されるし一部離反する者もあろうが11年前の松井館長解任事件の時、松井館長・梅田嘉明氏・郷田勇三氏・盧山初雄氏・山田雅俊氏と共に孤立無援・圧倒的少人数でも遺言に基づきすっきりした気持ちで戦い、しかも負ける気がしなかったのと同様、今回もすっきりした気持ちで故・大山倍達総裁の遺志である組織の財団法人化と新会館建設という2つの目標に共に協力できる極真の人物・組織に協力したいと考えている次第です。
この2つの目標は分裂した極真のどの組織もが遂行しなければならないことだと私は考えます。単に松井館長を批判するだけでは彼のやっているレベルに勝ることはできないでしょう。 押忍
(追伸)裁判で新たに明らかになった疑惑
*参考インターネットサイト紹介
http://bbs.avi.jp/bbs_th.php?kid=226355&tid=8704672&mode=&br=pc&s=
松井氏は秘密主義というか人を信じない為、松井派ではタブーのようになっていて上記インターネットの裁判情報で幹部であった私も初めて知ったことだが
1) 過去12年間商標登録については故大山総裁もやっていなくて松井氏が初めて個人で申請したと聞いていた。「なぜ個人申請したのか?」と松井氏に問えばそれは極真会館が「任意団体」であり「法人登記などを済ませていない権利無き社団」だったからとも聞いていた。しかし驚いたことに事実は極真奨学会(塩次理事長)が既に商標登録していたものを松井氏が塩次理事長から権利を譲渡されたとして自らが個人で商標登録申請したことが判明した。
ここで重要なのは次の4点である。
@もともと公共的な極真奨学会にあった商標登録を何故か個人にした事。
*何故そうしたか?と裁判で問われて「立会人の誰か(?)が個人名義での商標権登録を勧めた。」と証言している。つまり個人名義にしたのは自身の責任ではなく誰かが勧めたと責任転嫁している。
A そして「公共的な極真奨学会にあったものを個人名義にした」事実それ自体を発表せず、あたかも初めて自分が申請したように公表していた事。その為現在も極真関係者・道場生のほとんどがこの事実を知らない事。
B さらに極真奨学会(塩次理事長)からの権利譲渡の経緯が明瞭ではなく加えて筆跡・印鑑が本物ではないということで裁判となっている事。
C 裁判自体も極真館側が10数名傍聴しに来ているのに対し、松井館長は誰も呼ばず一人で来ていたこと。つまり松井派内でも隠している事。
*私・浜井が松井氏に「全国から集まる年間登録料は国家で言えば税金のようなものだから、この金だけは使い道を明らかにして経理を公表すべきである。」と進言したことに対し、松井氏は「これは商標登録の"のれん料"ですから」と強弁して使い道や経理を公表することを拒んだ。
仮に裁判に負けてこの商標登録を極真奨学会に返還することになったら、今までの10数年間の何億円(何十億円?)という年間登録料(のれん料)も極真奨学会に返還するのだろうか?
2)上記の極真奨学会に関して裁判で松井氏は借入金約1250万円を返還請求さ
れ「返す意志はある。」と返答している。
3)株式会社グレートマウンテン(故大山倍達総裁が梅田嘉明氏を社長にして設立した会社)で、新会館建設のための2億円がプールされていた。この2億円についても現在別の民事で係争中であること。
*この金は当時存命中の大山倍達総裁が「君たちが2〜3億円集めてくれたら、私がそれに追加して金を集めて必ず新会館を建設する。何とかならないか。」と支部長会議で発言されたことを受けて私・浜井が茶帯以上の極真OBや有段者に昇級または1段昇段を特別認可するというアイデアを提案して資金集めに成功したのである。もちろん特別昇級・昇段には賛否両論あり私も非難されたが、大山総裁の悲願であった新会館建設の為の親孝行と思い、非難覚悟で私が推進したことをはっきり覚えている。
松井氏に関してこのような数々の私物化の疑惑や問題点が次から次へと明らかになってくるのは何故だろうか?
11年前の大分裂を引き起こした松井館長解任事件当時、三瓶啓二氏・緑健児氏(現在新極真)両名に「浜井師範、松井館長は極真会館を完全に私物化している。」と主張された時、私・浜井は「松井章圭ほどの男が極真会館の私物化なんてそんな下らんことをするわけが無い。今は受け継いだばかりの混乱期だから経理も明瞭化できないが、4〜5年もたてば財団法人を設立して経理も公開するに決まっている。」と啖呵を切ったことを記憶している。私の期待と予測は見事に外れたのだろうか?三瓶氏・緑氏が正しかったのだろうか?当の松井氏は私も含めて人という人を誰も信じてこなかったようである。これは誠に残念なことで有り、しかも12年間松井氏の潔白を信じ、支持してきた私に対して大変失礼な話であり、重大な裏切り行為ではないだろうか?
松井派退会を決意した今現在思うことは、仮に過去にこのような様々な疑惑があったとしても松井氏が遺言も含めて人の心と極真の人材を大切にして、故大山倍達総裁の遺言に忠実であり財団法人の設立・経理の公開・新会館の建設等、だれが見ても公の立場であることを明確に示していたならば過去のことは問われなかったであろうとも思います。松井氏が誰にも相談せず、誰も連れず、一人孤独に裁判に臨む姿は何かを暗示しているように私には思えます。
大分裂後、松井氏に任命された新しい若い支部長たちにとって松井氏は確かにカリスマであり、大恩人であるでしょう。しかしその基礎は誰が作ったのでしょうか?誰のおかげで青少年の育成というやりがいのある尊敬される仕事ができるのでしょうか?誰のおかげで飯が食えるのでしょうか?もう一度思い出して欲しいと思います。遺言にある財団法人化と新会館建設は故人の生前からの悲願でした。その悲願を故人は遺族ではなく愛弟子の松井氏に託したのです。
最近松井氏が営業?を開始した"一撃プラザ"とは一体何なのでしょうか?
なぜ極真会館ではないのでしょうか?商標権の裁判の影響なのでしょうか?
全国の会員登録の年間何億円という浄財の使い道がなぜ故大山倍達総裁の遺言の悲願に結びつかないのでしょうか?松井氏個人の株式会社の利益だからでしょうか?また最近の松井派の大会の賞状・表彰状から「創始者大山倍達」の文字が徐々になくなっています。どうしてなのでしょうか?
私・浜井は極真会館松井派の中で大変大切にされてきたと思っています。北は北海道から南は九州まで日本全国どこへ行っても「浜井本部長」「浜井師範」「浜井先輩」と各地の支部長・役員・道場生・御父兄の方々が年齢・性別を問わず立てて下さいました。そこで極真空手の「精神と技術」「力と感謝のサムライの生き方」を伝えるというやりがいのある仕事をさせてもらっているのです。
本来事業家志望でありビジネス志向の私がこのような精神的な人とのふれあいの仕事をさせてもらっていることに本当に感謝しています。
できればこのような組織を離れたくない、波風立たせたくないというのも私の本音でも有ります。しかし私がこのような立場にいられるのは誰のおかげなのでしょうか?やはり故大山倍達総裁のおかげなのです。
先日4月26日の12周忌を前にしての4月20日、護国寺にて故・大山総裁の墓に参り掃除をして花を添え、松井派離脱という決意を報告してまいりました。
返すがえすも残念な結果となりましたが、悔いはありません。
これからも自分の生き方そのものに極真の精神を貫いてまいることを改めて決意し、残りの人生を全うしたいと考えています。 押忍
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